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この句は、言うまでもなく人間の謙虚さがいかに大切であるかを説いたものです。特に日本人はこれを美徳としてきました。ところが、最近は日本人も海外進出が増えたため、欧米人の影響なのか、謙虚さが失われた発言が多く見受けられ、嘆かわしい限りです。

特にスポーツ界においては、その傾向が顕著です。実力も伴わないのに「優勝しか考えていない」などと言うと、マスコミは面白がってそれを大々的に書くものですから、更に調子に乗って、謙虚さが無くなります。もちろん勝負ですから、勝とうと思って挑むには違いありませんが、相手だってそう思っているのですから、侮ってはいけません。

*海外では、活躍すれば兵役が免除される、豪邸が与えられる、勲章がもらえるなどの国もあるため、真剣さが違うなどという批評があります。

人間は、中途半端に偉くなるとすぐに頭が高くなり、周囲が見えなくなってしまう傾向があります。これは非常に危険なことであり、没落を招く最大の原因でもあります。他人から認められれば認められるほど、謙虚さを失ってはなりません。

名誉や地位を得たり、社会的評価をされるようになると、周りを一段高い所から見下げるようになりがちですが、これを仏法では《慢心》と言い、強く戒めています。当節風に言うと<上から目線>です。

偉そうにしている人には魅力がありません。実際どんなに偉くてもです。そっくり返って偉そうにしているは、周囲から疎まれてきます。

本当に偉い人は、落ち着いています。風格があるのです。そこから、かえってその人の尊さが伝わってきます。

私は、犬を飼っています。来客があった時、奥の方にいるとわからないので、玄関番をしてもらっているのですが、彼らにとっては朝夕の散歩が唯一の気分転換です。その際、たまたま他家の犬と出くわすことがあります。そんな時、キャンキャン暴れまくって相手を威嚇する犬もいれば、体格は小さくても声一つあげずにじっと相手を見ている犬もいて、実に貫禄があります。たとえは悪いが、これと同じです。

冒頭の句は、実るほどに垂れ下がり、頭を低くしている稲穂の如く、人もあらねばならないと言うのです。実るとは、さまざまなことを身につけるということです。具体的に言えば、学歴・名誉・地位・財産・経験などです。これらが身につくと、なかなか頭が下がらなくなります。

むしろ、そんなものは一切持ち合わせていない人の方が、はるかに頭が低いものです。人というのは、一旦頭が高くなってしまうとなかなか頭が下がらなくなるものです。なぜ、この人に頭を下げなければならないのか、と理屈っぽくなってしまうのは、私たちが後生大事に余分なものを抱え込んでいるためなのです。自分と相手を対比して、優劣をつけようとする心がある人は、頭は下がりません。

インドのサンスクリット語に南無(namas)という言葉があります。この言葉は、信心の発露として自然に生ずる礼拝(らいはい)行為の際に発するものなのですが、「帰命(きみょう)」「頂礼(ちょうらい)」などと意訳されています。平易に言うと「命の拠り所に出会いました」ということで、そこには絶対的な帰依の心があるわけです。意識して頭を下げているのではなく、最初から下がっている状態なのです。

私たちは、わずかばかりの学歴・名誉・地位・財産・経験などを両手一杯抱え、身動きが取れなくなっているのです。余分な荷物は、疲れるばかりです。頭を垂れて接することができるようになると、周囲がよく見えるようになり、自分自身の立ち位置も見えてくるものなのです。
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