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『経典』や『論語』などの古典の教えは、あらゆる場面に通ずることから、普遍的であると言われます。それは、人生のどんな場面を切り取っても、どんな社会現象を捉えても、そこにピタリと当てはまるのです。古くさいように見えても、根本の原則・原則を言い尽くしているからなのです。

『論語』にはおよそ五百の言葉が収められています。その最後にあるのは、

命を知らざれば
以って 君子たること 無きなり。
礼を知らざれば
以って 立つこと 無きなり。
言を知らざれば
以って 人を知ること 無きなり。

です。孔子は、君子が君子たる所以は、知命・知礼・知言の三つであると言っています。

天の偉大なる力は、万物を生み出し、そこに道理を与えました。それを天命と言います。人は天から受けたその命を知り、力を尽くして生きなければなりません。

礼を知らなければ、世の中で人とうまく接することはできません。どんなに自分の力を発揮しようとしても、その方法が間違っていてはなりません。礼とは人の気持ちを形にしたものだ、と言われています。社会の規範とも言えると思います。礼が行き渡って充実すれば、品位ある文化的な社会となります。

言を知るとは、その言葉を発した人の本心を知ることです。どうしてその場において、その言葉を発したのか?、その人の真意はどこにあるのか?、そこを知ろうとすることです。

知命・知礼・知言の三つは、君子に欠くべからざる三つの要素だと孔子は述べていますが、私たちにとっても大切なことです。しかも、簡潔な表現の中に重要なことが言い尽くされています。孔子の弟子たちがこの言葉を『論語』の最後に置いたことにも、深い意味が感じられます。

孔子は「私は五十才になって、漸く天命を知った」と言っています。これは、孔子の「天は私たちひとりひとりに使命を与えてこの世に送り出したのだ」という考え方に基づいています。

また、孔子は息子の鯉に「礼を学び足りや?」と尋ねた際に鯉が「まだです」と答えると、孔子は「礼を学ばずんば、以て立つこと無し」と説いています。つまり、「礼をしっかり学んで身につけておかないと、世の中に出てやっていけないぞ」と教えたのです。

言についての教えは、『論語』の中にたくさん見られます。命・礼・言の三つは孔子にとって重要なテーマであったことは明白です。
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