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山のあなたの 空遠く 「幸」住むと 人のいふ 噫、 われひとと 尋めゆきて 涙 さしぐみ かへりきぬ 山のあなたに なお遠く 「幸」住むと 人のいふ 上田 敏 ・訳 これは、明治三十八年(1905)に刊行された訳詩集『海潮音』に収められたドイツの詩人カール・ブッセの詩『山のあなた』です。この詩は、何を言わんとしているのでしょうか?。 幸せは、山のあなたの空遠くに住んでいると言うので皆で尋ねて行ったけれども、ついに見つけることはできなかった、仕方なく涙ながらに帰って来ると、人はやはり、あの山の向こうの空遠くには幸せが住んでいると言うのです。 この詩は何を言わんとしているのでしょうか?。 人は苦しみの中にいると、その苦しみの他には何も見えなくなってしまいがちです。そして、その苦しみから逃れようとして目をそらし、どこか遠くに目を向けようとしがちですが、現実の苦しみから逃げていては、いつまでたっても幸せを手にすることはできません。むしろ、幸せはその苦しみの中にひそんでいるのだと言うのです。 釈尊は『法華経』の中で「宝処在近」と説かれており、大切なものはいつもあなたの足下にあるというのです。 このことを真言宗の開祖である弘法大師空海(774~835)は、 三世の観を作すといえども、 また常に自性を見るに及ばず。 常に自性を見る者は、 すなわち 常に仏を見る。 と、教示しています。 過去・現在・未来の三世を観察し見通したとしても、常に自らの心の本質すなわち元々自分たちに具わっている本性(自性清浄心、仏心、仏性とも)を観ずるには及ばない、そしてそのように自分の本性を見ることができる人は、常に仏を観ることができる人なのだ、というのです。 さらに『般若心経秘鍵』の中で それ仏法遥かにあらず。心中にして即ち近し。 真如外にあらず。身を棄てていずくにか求めん。 と説いています。 釈尊の悟った真理は、遥か彼方にあるものでは無く、いつも自分の心の中にあるのだから、本当に真理を求めるのなら、自分を離れた所に求めるのではなく、自身の心の中に発見すべきなのである。 と、言うのです。 五十年ぐらい前に、井上陽水が作詞・作曲してヒットした『傘がない』という歌がありました。 ♪ 都会では 自殺する若者が 増えている 今朝来た 新聞の片隅に 書いていた だけども 問題は今日の雨 傘がない 行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ 君の街に行かなくちゃ 雨に濡れ ♪ 云々 この歌は、都会では自殺する若者が増えているという。しかし、そんな事よりも今の自分にとって大切な事は、これから「君」に逢いに行かなければならないのに外は雨、なのに傘がないことだ、というのです。 |
私たちにとって、世の中の動向はもちろん軽視して良いわけではありません。しかし、大切な事はそれが今の自分にどんな意味を持ち、どう関わっているのか?ということなのです。それがたとえ何であれ、あらゆる事を常に自分自身の問題として捉えるのでなければ、自分とは関係の無いこととして空しく行き過ぎてしまいます。いたずらに右往左往する必要はありませんが、自分の脚下をしっかり見据え、心のありようを丁寧に見つめて生きたいものです。 【照顧脚下】 |
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