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釈尊が亡くなられてから五百年ほど後にインドに於いて大乗仏教が起こり、それまでの仏教を小乗仏教であると批判しました。しかし、中国にはこの大乗と小乗の本来異なる二種の経典が同時に伝わり、ともに「釈尊の教え」として訳出されました。そのため、中国の仏教徒はインドとは異なった形で仏教の総体を理解する必要に迫られ、各種の仏教解釈論が構築されていきます。

中国において、大乗と小乗の差が認識されるようになったのは、経典の翻訳が始まってから二百五十年ほど後のことで、それ以降の中国以東の仏教は大乗を自認するようになります。

中国で仏教解釈論が進展するに伴い、経典の分析に重きを置く理論的な学派が次々と発生します。そして「無情にも仏性がある」という、インド仏教には無かった新たな説が異口同音に唱えられるようになります。この「無情仏性説」しては、以下の四人が代表です。

まず一人目は浄影寺慧遠(523~592)です。彼は北周から隋にかけて活躍した学僧で地論宗南道派の大成者として有名です。彼の説によれば、仏性には[能知性]と[所知性]の二つがあり、このうち[能知性](認識を根底で支える清らかな心)の仏性は有情に限られますが、[所知性](看取される真理としてのあり方)の仏性は、有情のみならず無情にもあるといいます。彼が無情にも仏性[所知性]があると主張する根拠は、『涅槃経』の中にある「仏性猶虚空の如し」という一節です。仏性が虚空のように世界に遍く満たされているならば、無情にも何らかの形で仏性が具わっている筈だ、というわけです。
*参考文献 岡本一平著 『大乗義章』の研究②ー「仏性義」註釈研究

二人目は、吉蔵(549~623)です。六朝末から唐初にかけて活躍した学僧で、三論集の学派の大成者です。彼の説によれば、仏性には[別門]と[通門]という二つの側面があり、[別門](個別の側面)からみれば仏性は有情のみに限定されますが、[通門](共通の側面)からみれば仏性は有情にも無情にも同じように具わっているのだといいます。彼が[通門]において、有情にも無情にも仏性があると主張する根拠は、『大方等大集経』の「諸々の仏・菩薩、一切諸法の菩提に非是るは無しと観る」という一節です。全ての法が悟りである以上、無情にも仏としての本性が具わっている筈だ、というわけです。
*参考文献 奥野光賢著「吉蔵と草木成仏説」『駒沢短期大学研究紀要』

三人目は、法蔵(643~712)です。彼は唐代の学僧で、華厳宗の大成者として知られています。彼の説によれば、仏性は低次元の三乗教という立場からみれば有情に限定されますが、最高の円教という立場からみれば有情のみならず無情もまた仏となるのだと言います。(注 三乗とは「声聞乗」「縁覚乗」「菩薩乗」の三つを指します)。彼が円教において無情の成仏を認める根拠は、『華厳経』の中に「如来菩提身、処として至らざる無く、処として有らざる無きが故に」という言葉です。あらゆる場所が仏の悟りとしての身体である以上、無情もまた仏の身体となるというわけです。
*参考文献赤尾禁慶「法蔵にみえる草木成仏について」(『印度學佛教學研究』三二-二)

最後の四人目は、湛然(711~782)です。彼も唐代の学僧で、天台宗中興の祖とされています。彼は天台宗の実質的開祖である天台智顗(538~598)の「一色一香として中道に非ざるは無し」という説を承け、無情にも仏性があると主張します。その根拠の一つが、『維摩経』の「衆生の如なるが故に、一切法も如なり」という言葉です。あらゆる法が「如」(ありのままの真実の姿)である以上、無情もまた悟りの世界に属するというわけです。
(『止観輔行伝弘決』巻一之一)

以上、諸々の説をあげてきましたが、彼らの学説はいずれも経典の分析を進める中で、はからずも「無情にも仏性があるはずだ」という同じ結論に行き着いたわけです。ただ、これらはいずれも特定の経文から導き出された一種の学説であって、無情にも仏性があると言っても、情無き自然物が自ら修行し成仏するとは考えられていませんでした。彼らにとって無情の仏性とは、仏教の解釈の命題の一つだったのです。

仏教が中国に伝わり経典の分析が進む中で、無情にも仏性があるという中国独自の解釈が生まれたのは事実ですが、有情が今生では成仏できないと見る点においては、中国の諸学派はインド仏教と変わりませんでした。

実際、天台智顗がその生涯で到達したのは「五品弟子位」という十地以下の段階とされているし、玄奘三蔵(602~664)は来世で兜率天に往生し弥勒菩薩のもとで学びたいと願っています。また前述の華厳の大成者である法蔵は、辞世の句で「いつになったら成仏できるだろうか?」と詠んでいます。これらはいずれも、今生では仏になれなかったという自覚の現われでしかありません。つまり、人が今生では成仏しえないというのは、インドから当時の中国に至るまでの一貫した通念だった訳です。
*参考文献柳幹康著「永明延寿と『宗鏡録』の研究-一心による中国仏教の再編」法蔵館

ところが、この常識は唐代に興った禅宗によって根底から覆されたのです。禅宗では【即心是仏】(私たちの生身の心こそがそのまま仏である)と唱え、この真理を【教外別伝】(教《経》の外で別に伝えてきたのだ)と主張しました。それまでの仏教では、人は仏性(仏の性質)を備えてはいるが煩悩によって覆い隠されているため、現時点では仏ではないと考えられていたのに対し、中国の禅宗は「ただ自覚していないだけで、実は現時点において既に仏なのだ」と主張しました。そして、この事実を周囲の人々に悟らせていきました。それは今日に至るまで脈々と受け継がれているわけです。

それまでの今生では成仏し得ない従来の仏教から、自分自身が仏であることに気づく新たな仏教への転換、これは仏教史上における画期的な転換でした。もちろん、従来の仏教の立場に立つ人の中には禅宗を批判する人もいました。しかし、彼らが依って立つところはインドから伝わった聖典たる経であり、【教外別伝】(教《経》の外に真理を別に伝えてきた)という立場を取る禅宗を論破する術が無いわけです。もしも「それはおかしいじゃないか」と言ったとしても、「それはそうでしょう。あなたは経典に拘泥して、肝心要の真理を悟っていないわけですから、禅がわからないのは当然のことです」と返って来るのが関の山です。禅宗に伝わる問答集には、学僧に対して当意即妙の答をしてやり込める話が数多く見られます。当時の中国において、禅僧が従来の仏教を鮮やかに転換して自らの心が仏であることに気づかせていった光景が彷彿されます。
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