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世間では、驕り高ぶって調子に乗ることを「慢心」とか「つけあがってる」と言い、一般に忌嫌われます。経済的に余裕が出来たり、若年で出世して社会的に高い地位についたりすると、この「慢心」「つけあがり」が生じやすくなります。一人になって反省し懺悔することがあっても、一歩外に出ると忽ち元に戻ってしまうのは、自己中心的であるからにほかなりません。何かに突き当たって、頭をぶちのめされる様な痛い目に遭わないと、なかなか目覚められないのが人間であるように思われます。

これについて小川未明の童話「小さい針の音」は大切なことを教えてくれています。


ある田舎の小学校に一人の青年教師がいて、子どもたちと仲良く勉強していました。彼には「都会に出て勉強にして出世したい」という夢があり、ついに決心して子どもたちと別れて都会に出ました。別れる時に子どもたちから一個の懐中時計を贈られ、これを握りしめて貧しい下宿屋の窓の下で懸命に勉強を続けました。

ある日、彼は懐中時計を落として時計の裏側に小さな凹みを作ってしまい、すまないことをしたと思いながらも、さらに勉学に励み難しい試験に合格して、役所勤めから会社勤めへと変わりました。
そしてついに会社の重役になりました。この時から彼の服装は変わり、持つ物もすべて変っていきました。

彼はとうとう懐中時計を古道具屋に売ってしまい、代わりに新しい時計を買い、昇進する度に何度も時計を買い替えました。

ところが、最後に買った高価なプラチナの時計でも完全に正確ではなく、一日に何分か遅れるので彼にはそのことが不満でした。「どうして遅れるのだろう?」と呟いた時、「僕の時計は正確です」と一人の社員が言ったので、彼はその男の時計を借りて見ました。なんとそれは懐中時計で、裏側に小さな凹みがありました。

彼は「この時計と交換しよう」と言いますが、その男は断わります。「この時計は、僕が苦学していた時にやっとの思いで露店で求めた物で、私と苦労を共にしてきたので売ることも交換することもできません。しかし、あなたが愛してくださるなら差し上げます」

彼は時計との巡り合いに驚き、その男から「一分も狂いません」と言われて、言葉を失います。

その時計をもらって家に帰った彼は、その夜、山村の子どもたちの夢を見、「真心」を忘れていた自分を反省するのでした。裏側に小さな凹みを持った懐中時計は、枕元でカチカチと時を刻み、その音は子どもたちの無邪気な笑い声に聞こえていました。


という内容なのです。

これは、まさに、《奇遇》です。不思議な巡り合わせが彼に「真心」を取り戻させたのです。


人間は、懐が豊かになり出世するほど、「真心」から遠ざかってしまいやすくなります。

禅では、これを「雲居の羅漢(うんごのらかん)」と言います。中国に《雲居山(うんごさん)》という山があり、その山の頂上には鼻の高い羅漢像が並んでいて、麓の人々を見下げているようであったので、鼻の高い人を「雲居山の羅漢のような人」と言ったのが、略して「雲居の羅漢」と言うようになったのです。人を見下げては腕組みしてせせら笑うようになると、「真心」を忘れてしまいますから自戒しなくてはなりません。

世間には、鼻息の荒い人がたくさんいますが、驚くことはありません。「真心」に生きるほど尊いことはないのですから、気にすることはありません。自分の心の汚れは分かるわけですから、そういう美しい心があることを自知すること、が大切なのです。
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